主治医 石黒先生
からのメッセージ
敏行の主治医だった石黒先生がどうしても
一周忌に出席できないため、変わりに
先生から心のこもったメッセージを
いただき【敏行をしのぶ会】で
披露させて頂きました。
 


高野敏行君、ご両親様とご列席者の皆様へ
 
 
 
 私は高野敏行君の主治医でした新潟県立がんセンター新潟病院 内科 石黒卓郎と申します。
 
 本日は、皆様方の暖かいお心のこもった会に出席することができず、このような形での参加となりましたご無礼をどうぞお許し下さい。
 また、高野君のご両親様には私ごとき者にこのような機会をお与えくださいまして、大変に恐縮しております。ご両親様の深い悲しみを前にしまして、私は何を申し上げればよいのか、さんざん迷いましたが、高野君とのふれあいの中で感じたことを率直に述べさせて頂きたいと思います。
 
私は、高野君が初めて入院された2004年8月31日から、約10ヶ月間にわたりまして高野君の主治医を努めさせて頂きました。
 
 病気と闘うことを闘病といいますが、この10ヶ月の間、高野君はまさに闘い続けて、そして闘い抜きました。
 
 恐ろしい病名を告げられ、強力な抗がん剤の治療をほとんど休む間もなく、長期にわたって続けられました。その間、私の前では弱音一つ吐いたことはありませんでした。
 体調のよろしい時は退院されて自宅療養をされておりましたので、入院される時は体調が悪いか、あるいは強力な治療を受けるかのどちらかでした。
 
 不安であったでしょう、怖かったことでしょう、しかし、この不安な気持ちは他の誰にも完全には理解できないと思います。
 
 本当のところは高野君ご本人にしかわからないことだと思います。通常、人は極度に不安になると、その不安を他人にぶつけようとするものです。しかし高野君はその大きな不安をぐっとのみ込んで、あわてず、騒がず、闘い抜きました。
 
 驚くべき強靭な精神的の持ち主でした。また、その影にはお父様、お母様の大きな愛情があったことも十分に承知しております。
 
 先が見えない、大きな不安を、優しく、そして幸抱強く包み込んで、ともに闘い抜いたご両親親の包容力にも、ただただ頭が下がる思いです。
 
 皆様、高野君のこの脅威の精神力の源は何だったのでしょう。私は、“生きたい!”という気持ち、“生きたい!”“生きたい!”“生きたい!”、その気持ちこそが高野君を最後まで前に前にと進ませた原動力であったと思います。
 
 私はそのことを高野君に直接たずねたことはありませんでしたが、高野君にお会いするたびに、高野君の目がいつも“生きたい!” “生きたい!” “生きたい!”と訴え続けているように思っていました。
 
 しかし私たち医療スタッフはその思いをかなえて差し上げることができませんでした。今でも本当に本当に残念でなりません。
 
 そしてそのことを親子の本能で一番よくわかっておられたご両親様の無念な気持ちを考えますと、同じ子を持つ親としまして、申し上げる言葉も見つからず、ただただ涙が込み上げてくるばかりです。
 
 今日お集まりの皆様も、それぞれ一人一人に高野君との熱い触れ合いがあったことと思います。そして今、皆様は自分の中で高野君の存在の大きさを感じて、高野君の分まで頑張って生きていこうときっと強く心に誓っておられるはずです。
 
 お父様、お母様、どうか心配されないで下さい。高野君の肉体は消えてしまいましたが、高野君の精神は私たちの心の中に永遠に生き続けるのです。
 
 どんな人間にもやがて死は訪れます。その時に肉体は消え滅んでしまいます。しかし、私は、肉体は滅んでも精神は絶対に滅ばない、不滅だと思っています。
 
 高野君とお別れしましてからの私の内面の変化について述べてみたいと思います。私はどちらかというと思ったことは包み隠さず全部言ってしまわないと気がすまないタイプなので、これまでに何度となく痛い目にあってきました。
 
 特に、嫌なことや嫌な相手と対応しなければならない時に、それまでは感情の起伏のコントロールが難しかったのですが、今ではある程度冷静に対応できるようになってきたと思います。
 
 今さらこのようなことを告白するのも恥ずかしいことではありますが、これまでであれば、すごく心が動揺するような事態に直面しても、平常心を保ち、感情の起伏をある程度コントロールできるようになってきたと、自分では思っています。
 
 高野君のあの強烈に“生きたい!”という気持ちを考えた時に、あれほど生きたくても生き続けることができなかった高野君のことを思う時、自分にふりかかっている不幸などは、本当にちっぽけな悩みでしかないと思えるようになったのです。高野君は私に心の強さと他人への優しさとおだやかな心を与えてくれたのだと確信しています。
 
 ですから私は決して高野君を失ったのではない、今も高野君とともに生きている、生かされているのだと思っています。
 
高野君、本当にありがとう!
 
 最後になりましたが、皆様に、特に今日お集まりの高野君の同級生や友人の方々に是非申し上げたいことがあります。
 
 昨今、他人の命を奪ったり、子供をあやめたり、痛ましい事件が毎日のように次から次へと後を絶ちません。私は、このような事件にはそれぞれ、いろいろな原因もあるとは思いますが、最後は自分の弱い気持ちに負けて、他人を傷つけたり、場合によっては自分を傷つける形でしか決着をつけられなくなってしまう人が悲しい事件を起こすのだろうと思っています。
 
 そして、そういう人は残念ながら、人間一人一人のいのちの重みや生きることの大切さに触れたことがない、あるいは実感がない、悲しい人なのだろうと考えています。
 
 人のいのちの重みを心からわかっている人は、絶対にそんな残酷なことはできないはずです。
 
 皆様にもこれから様々な形で本当に辛いことや苦しい時が訪れることでしょう。しかし、その時こそ、皆様、高野君のことを思い出してほしいのです。
 
 皆様の中には高野君の精神が宿っているはずです。
 
“生きたい!” “生きたい!” 高野君の気持ちを少しでも思ってみて下さい。
 
 そうすれば他人を傷つけたり、自分の命を縮めたりすることは絶対にできないはずです。
 
 他人に優しく、自分にも優しくなれるはずです。そうすることで、必ず誰も傷つけないで、上手に解決する手段を見つけることができるはずです。そして、そのように生きて行くことが、縁あって高野君と めぐり合った者に課された使命ではないでしょうか。
 
 人間は誰も自分ひとりで生きていける人はいません。いろいろな人に “生かされて” 今の自分があるのです。このことは人生においてとても大事なことですが、当たり前すぎて普段は意識することはないと思います。
 
 大切な人を失って初めて気がつくのです。しかし、皆様、もうお分かりのことと思いますが、皆様は高野君を失ったのではありません。
 
 高野君の精神と一緒に生きているのです。
 
 高野君は皆様の心の中に生きているのです。
 
 そして高野君は皆様に生きることの大切さやいのちの重みを十分に教えてくれます。
 
 そのことを感じることができたら、今度はそれを皆様が周りの人に還元しフィードバックしてあげる番です。ですから皆様は自分を生かしてくれている、あらゆる人に感謝して、そして今生かされている自分にも感謝して、強く、そして他人にやさしく生きていってほしいと思います。本当の強さは相手を圧倒することではなく、思いやるやさしさなのです。
 
 人生の早い段階でそのことに気づくことができた皆様は好運だと思います。
 
 高野君に感謝、感謝です。
 
 人生の中でどうしていいかわからなくなったら、心の中で高野君と一緒になって、冷静に考えてみて下さい。
 
 そうすれば少なくとも間違った方向には進んでいかないはずです。
 
 今日、もう一回、皆様それぞれの中で、高野君と出会った意味を考えてみてほしいと思います。そして、その意味を皆様同士で語り合ってほしいと思います。
 
 きっと高野君も近くで聞いて喜んでくれることでしょう。
 
 そしてもしも時間がありましたら、是非皆様で高野君のお家をたずねて、ご両親様にもその思いを語ってあげてください。そうすることで、お父様・お母様の心を少しでも、いやしてさしあげることができるはずです。
 
 本当に最後になりますが、今日きっとこの場に来て聞いていることと思いますが、高野君ご本人にも一言申し上げておきます。
 
今日集まっている皆様は一生高野君のことを忘れません。
 
そしてこれからもずっと高野君と一緒に生きていきます。
 
ですからこれからは安心して天国から見守っていて下さい。
 
 そして誰かが困った時には、そっと力を貸してあげてほしいと思います。私が困ったときも、ついででいいですので、どうか見捨てないで下さい。よろしくお願いします。
 
 それではこれで私の話を終わりにいたします。
長い時間、ご静聴下さいまして、大変有難うございました。
      
 
             2006年6月4日
                 高野君の主治医 石黒卓郎
 


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