ドナーの骨髄が、敏行の体を異物だと思って、全身を攻撃してくるため、
敏行の体にかなりの負担がかかります。そのため、免疫抑制剤で、
ドナーの骨髄の攻撃をコントロールしながら、がん細胞と闘わせてせていました。
放射線照射のときに、がん細胞は全身にめぐっているために、通常は放射線がかからないように頭をガードしているのですが、全て取り外し、頭にも放射線をかけたときに、脳をカバーしている薄い膜が破壊され、脳があらわになり、免疫抑制剤がじかに脳にしみこんだため、記憶障害を起こしてしまいました。
移植したことも、高校をやっとの思いで卒業したことも、修学旅行で沖縄に行ったことも忘れていました。出血が止まらず、ショック状態を起こしたことも、血圧が上がって倒れたこともとにかく全部忘れていました。何度言って聞かせても今聞いたような言い方で、「えっ!倒れたん?どこで倒れたん?」 何度繰り返しても敏行の頭には残ってはくれませんでした。
一番困ったことは、朝起きてから、自分がなにをしていたのか、自分が起こした行動も覚えていませんでした。今寝ていたか起きていたかもわからなくなっていました。
しかたがないのでノートに何時に起きて、何時にトイレ行って、何時に歯磨きして、何時にご飯食べて…… 一日の行動を細かく書いて何度も読み返していました。
辛かった記憶は忘れてもいいが、これからの記憶が残るのか心配でした。
幸いなことに、親、兄妹、仲間の顔はしっかり覚えていました。身についたピアノ、楽譜はちゃんと読めました。携帯の操作はしっかり覚えていました。ただ、自分が起こした行動だけを忘れていました。
「俺、病気よりも記憶がないことが辛い……」 「頭の中に霧がかかっているようで、モヤモヤして変だ……お母さん頭の中の霧どうにかして!」
本当に私もどうしていいのかわからなくなってしまいました。とにかく時間をかけるしかない…
あせって必死に思い出そうとすると、頭が混乱してパニックになってしまい、血圧が常に高いためいつ倒れてもおかしくないない状態だったので、興奮させないようにするのが本当に大変でした。
指を動かすと脳に刺激になっていいかもしれないと、抗がん剤の副作用で手が震えて上手く弾けなかったのですが、リハビリのためにキーボードを毎日弾いていました。
自分の身になにが起ころうとも、とにかく治ることだけを信じて、頑張りました。
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